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信長の野望『革新』 上杉家滅亡

●熾烈、米沢城攻防戦
二本松城を築城し、20万の大軍で信長が上杉の米沢城を攻めた。
ここには、数千の兵しかおらず楽勝かと思いきや、謙信が春日山城から血相を変えて援軍に来た。
謙信の「車懸り」は強力で、信長は大ダメージを受ける。
やっとのことで米沢城を落とし、敵の兵力を10万ほど削った。

この大戦のさなか、七尾城から姉小路らが春日山城を落とすという殊勲を演じる。

数十万が交錯する大戦は初体験。
ドキドキしながら見守りつつ、援軍の手配や武器、兵の輸送、武将の移動など結構やることは多い。
☆大戦では、40万ほどあった兵糧がみるみるなくなっていくので、夏までにいたるところで鉄砲櫓の武家町を取り壊し、農村とした。

1582年2月、栃尾城(3万2千)、新発田城(8万7千)を攻略するため、米沢城(20万)から信長ら主力部隊、黒川城(20万)からは津田信澄らが幾度にも兵を繰り出し、どうにか2城を落とした。
新潟一帯から謙信を追いやるまで数か月を要した。

●上杉家滅亡
1583年6月、最後は、久慈港に逃げ込んだ謙信を攻略、捕獲した。
このとき、勝頼、鬼庭らも捕まえたが、織田を裏切ったやから故に処断した。
皆川など久慈港への進撃に、6千の兵を与えて手柄を立てさえようとしたのに、途中で部隊ごと寝返り、反撃をするなど言語道断。
容赦はしない。

さて、東は完全に織田が制覇したので、西の岸和田城へ主力は移ることとし、それまで信包、信忠の軍団に委任していた西の地を信長が受け持ち、東の地を両者に与えることとした。
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